hemisphere.vol1

アアルトコーヒーの庄野さんが『hemisphere.』という小冊子をつくる、
ということをどこまで知っていたかわからない段階で「コーヒーのある生活」という
テーマでなんか書いて、というご依頼を受けて、ぼくが書いたものを以下に転載します。


音楽を聴きながら、コーヒーを飲みながら、本を読む時間。


そういう体験がパッケージされているというところがとてもすきです。


ちなみにこれはぼくはまだコーヒー屋をやっていない頃のもの。
そして、これは庄野さんがご自身で印刷して、CD-Rも焼いてつくってくれています。





ではでは、長いので(1500字くらいでしょうか)覚悟のうえで。




「温かみは手によってのみつくられるわけではないとしても」


雨があがったのでジャムを煮る。
ついこの間まで雨が多くって苺のできがよくなるのをずっと待っていたのだ。
待つ時間、おいしいコーヒーを淹れようと、伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」を読むが、
イングリッシュ・ティーの淹れ方とスパゲッティの正しい調理法しか書いていない。

コーヒーについての記述はこの部分だけだ。

 

コーヒーを飲みながら食事をするっていうのは、西部劇時代から一向に垢抜けない、アメリカの蛮風です。


本を閉じて、豆を挽き、湯を注ぐ。
アメリカ人に習って、サンドイッチを食べながらコーヒーをすすり、蛮風を満喫すると、
そっと春らしい風が吹いて、やがてそれは東海岸に到達した。




あらゆる手仕事に対してある種の敬意をもっている。
それが過剰なセンチメンタリズムだとしても、だ。
発達したコーヒーメーカーは常に均一でおいしいコーヒーを淹れてくれる、とマツモトさんは言う。
どうしても、人間はぶれてしまうのだ、と。
でも目の前にいる喫茶店のマスターがカップを温めながらゆったりと淹れてくれている光景はまぎれもない現実だ。
それを見ているぼくはそのコーヒーを一口飲んで、すぐにおいしいと言う自信に溢れてる。


そういえば、さっき「ヨーロッパ退屈日記」にこうも書いてあった。


…カクテルというものは、味覚と演出とが五分五分くらいに入り交じったものだ


このカクテルのところにコーヒーを代入してもこれは変わるまい。
つまり、おいしいは単純な味覚だけでつくられるわけではないのだ。


「いいデザインというのはそれが手で作られたものかどうかとは関係がない。実際、世の中には手で作られたひどいものもたくさんある。機械を使ったとしても、作るものを決めるのは人間」


そう彼女は考えた。
1911年生まれのイーディス・ヒースは1946年にサンフランシスコ郊外のサウサリートで「ヒースセラミックス」を設立する。
そして、陶芸家としての地位を確立していた彼女は個人作家になる道ではなく、インダストリアルデザイナーになる道を選択する。
彼女はこうも言っている。
「私はスタイリッシュすぎるものは好きじゃない。もっと気安いもの、バレエじゃなくてフォークダンスみたいなこと。私はそういうものをつくろうとしている…」
手と轆轤ではなく、型と機械を使う。
それだけで陶芸家協会から批判を浴びることになった。
すると彼女はためらうことなく、すぐに脱会を告げた。


目的とは何か?


みんなが手に取れる良質なうつわをこなれた価格で広く届ける、ということ。
そんな目的が高値で取引される作品、あるいは世界的に評価される作品をつくることよりもちっぽけなものだなんて誰が言えるのだろう。
山を高くするには、まずその裾野を広くしていかなくてはならない、ということ。


彼女が作るうつわは、マットな釉薬、優しいフォルム、くすんだ感じの微妙な色合いで、十分すぎるほどに彼女の色が出ていたし、手の存在が感じられたし、何より土のにおいがした。
そしてそのにおいは太平洋を越えて無事にフォークダンスしか踊れないぼくのもとにも届いた。


役割とは何か?


【問題】
 y軸とx軸が交わる原点をコロンビアアンデスコンドルとしたときにグラフ上にできるコーヒーマップをすべて図示せよ。



ぼくはこの問題と対峙することをここに決心する。
ジャムのいい香りがしてきたと思ったら、雨がまた降ってきたようで、屋根を叩く音がずっと響いている。


『本と音楽とコーヒーがあればいい。
言葉にすると陳腐な感じだけれど実際そうなのだから仕方がない。
毎日は案外大変で生きていくのは結構くたびれる。
だからこその本と音楽とコーヒーなのだ。(本文抜粋)』

アアルトコーヒー・アンド・ザ・ルースターの新レーベル Hemisphere からの第一弾はレーベル名を冠した小冊子 Hemisphere 。
巻頭特集は「コーヒーのある生活」。
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定価 840円(税込)
A5サイズ・24P CD-R付き