hemisphere.vol2

hemisphere.vol2。今回は映画特集。


映画『エンディングノート』を題材にしました。

エンディングノート [DVD]

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すこし自分語りに過ぎますが、読んでみていただければ幸いですっ!!



「本と映画の週末と終末」



「アラビア」の「ブラックパラティッシ」でクリスマスケーキと飲み物が供される家庭とその週末の豊かさを
ぼくはとても想像することができます。
ぼくの家はせいぜい「アフタヌーンティー」が関の山でしたから。
「ヨーガンレール」を着てるんだから、もうちょっとなんとかなりそうなものだと思うけど「たち吉」止まり、
というと理解していただけますでしょうか。


8人兄弟の末っ子で「八重子」と名付けられた母は1999年にミレニアムにも21世紀にも触れることなく兄弟のなかで一番早く亡くなりました。
はからずもぼくは最初に列席するお葬式に喪主として参加することになります。
母はかつての元気で若々しかった姿を思い出してほしいので、死に顔を見てほしくないと言っていたようですが、
せっかく来てくれた人に逢わせないわけにいかない、という親戚(の誰かさん)の決定によって棺桶の扉はフルオープンでございました。


喪主というのはお葬式における一番の権力者というわけではなく、
ましてや20歳そこそこの息子にその判断を委ねるなんてことはありえないことと承知してはいたものの、
故人の遺志がここまで簡単に破棄されてしまうのか、と少々驚いたことを覚えています。
という自分語りはこのくらいにいたしまして、少しばかり主題に近い方角へ舵を切らせていただくことにいたしましょう。


本にはその佇まいとともに大きさと厚みがあります。
その物理的な存在のなかに文字というものがさまざまな大きさで書き連ねられています。
それをぼくらは最初から追いかけてはページをめくり最後の文字まで辿り着くと「読了」となるわけです。
本は手で押さえたそのページの厚みによっておおよその残りページを伝えてくれます。
そしてその作品に引き込まれて物語のなかにすぅっと入っていけばいくほど「あぁもうすぐ終わるのかぁ」と名残惜しくなります。
つまり「結末」はわからないままに「終末」がわかる、ということです。


たとえば映画を観るまえに上映時間をきちんと調べてから観るという人はどのくらいいるのでしょう。
次のスケジュールを考える人にとって、この段取りは重要かもしれません。
やっとで予約できたディナーの時間に間に合わないと大変だ、という具合にです。
だとしても、仮に上映時間を把握することなく観る人が大半であるとすると、
エンディングのクレジットが流れはじめることをもって映画は終末を迎えた、と思うことでしょう。
それまではわからないわけです。そしてそれは急にやってくるわけです。


もうすぐ終末がくることを知ることは、今のあり方に少なからぬ影響を与えます。ガン告知の有無はこのことと密接に関わっていますし、どちらが正解であるかも受け手の性格によるところが大きいようです。




エンディングノート
?遺書よりはフランクで公的効力を持たない家族への覚え書きのようなもの
?砂田麻美第一回監督作品で(プロデューサー:是枝裕和)日本製ドキュメンタリー映画ゆきゆきて神軍」(1987年)以来、初めて興行収入1億円を突破した作品


エンディングノートを書くことは生きることをあきらめたからできることなのでしょうか?
あるいは死を覚悟したからできることなのでしょうか?
ぼくは母に「死んだらどうしたらいいの?」と聞きたかったけれど、それを聞くことは死を前提にすることであって、
つまりぼく自身が死を確定させることのように思えたので、まったくできませんでした。。
おわかりのとおり、ぼくは母の死に向き合う覚悟がなかったわけです。


映画「エンディングノート」のなかで、その中身について問われた父はこう言います。
「死ぬまえに話す阿呆がいるか」と。
それは結末を聞かれて「読むまえに話す阿呆がいるか」とか「観るまえに話す阿呆がいるか」と答えることとちょっと似ている気がします。
すべては物語であり、そのエンディングはエンディングのまさにその時にしか語られない、ということです。


そして、父は息子の赴任にてアメリカに住む孫と会うことを一番の楽しみとして余生を過ごすことになります。
死のおよそ数日前、孫の存在が遠のいた意識のドアを開ける鍵となっています。
死を覚悟した父から孫に向けられた「えまちゃん、また遊ぼうね」という言葉。
その言葉を受け止めつつ涙で返す孫。
希望と現実の間に接点が見いだせないときに、涙がある種の潤滑油となってそれらをつなぎ合わせてくれるかのようです。


「またやりなおします」
輪廻転生の匂いのまったくしない言葉として、聞こえました。


「愛してるよ」
最後の瞬間に初めて妻に言うことではないのかもしれませんが…。




そのすべてが愛おしく思えました。




理想的な週末と理想的な終末はそう遠くない気がしています。




はてさて、みなさんは上手に死ねそうでしょうか?




Hemisphere vol.2
映画特集号

堀部篤史恵文社一乗寺店 店長)
田中辰幸(美容室パリスラヴィサント店主)
影山敏彦(tico moon
曽根雅典(三軒茶屋nicolas)
井口奈己(映画監督)
岩間洋介(moi(カフェ モイ)店主)
中川ちえ(エッセイスト・in-kyo店主)
照井 壮(陶芸家)
飯島淳彦(TRAVELER'S NOTEBOOK)
落合 恵(イラストレーター)
川尻和則(David Mark David-JK 担当)
真下義之(某老舗プロレス会社)
松村純也(旅ベーグル,TABI BOOKS主催)
藤原康二(mille books 主宰)
kikurair (温故知新)
庄野雄治(David Mark Mark-E-Armond 担当)

including CD-R
[ for your new surroundings / あなたの新しい環境のために ]
one day diary

定価 840円(税込)
A5サイズ・24P CD-R付き