弥彦灯籠祭りの夜 

今年の夏はまだまだ涼しい。
そこに梅雨の明けきらぬ空から大量の冷たい雨粒が降り続ける。
それでもお祭りは決行のようで、雨宿りする場もなく、びっしょりと濡れて重くなったはっぴを身にまといながら
御神輿渡御が始まるのを待ち続ける。
ビールを2本空けるも身体暖まらず。
本気で風邪をひく懸念を抱く。


午後9時。
降り続けていた雨もその勢いを急激に弱め、僕らが担ぐ灯籠を後押ししてくれているかのようであった。
一休みしていた花火もそれと同調するかのようにうつくしい光の連なりとして空にあらわれ、しばし目を奪われた。
とはいうものの、奉納花火は御輿、灯籠が町内巡行することを引き立てるための背景にすぎない。
いかに仕掛け花火をたのしみにしていようとも、神事としての御神輿渡御が祭りの中心としてあり、
それが疾病退散、五穀豊穣を神との交信を通して祈る「祭り」とわかりやすい花火と露店で集客するだけの「イベント」を
分かつのではないか、と思う。


「祭り」は人の集まりやすさにかかわらず、個々人のスケジュールというものを乗り越えてその日でなければならず、
「イベント」は人がいなければ成り立たないから、と個々人のスケジュールに合わせて週末に移行可能だったりする。
そんなふうに、同じ「祭り」と冠されたものであっても僕はそのへんをしっかりと分けて考えるべきだと思う、
もっといえば、祭りという名を冠しただけの、祭り風情のイベントであるならば、それは違うかたちを考えてもよい
のではないか。
子供たちに「祭り」と言えば、花火と露店、ではなくって、
人間が宗教的な祭事や神事を執り行うことによって祈念し続けてきた歴史的背景や伝統を
参加することによって体感すること、というふうな理解を進めてほしいのだ。
観覧者数はその街にとって多い方がよいことは間違いないが、
それは観覧者がこれをやったら喜ぶはずだ、いっぱい来るはずだという視点からではなく、
自分たちが自分たちの幸福のために徹底して祈念すること、の先に「ぜひそれを見てみたい」と
感情が生まれることを忘れてはならない。


さて、余談がすぎた。
現場に戻ろう。
灯籠は思いのほか重く、それを担ぎながら腹の底から「ワッショイ、わっしょい」と声を上げるとすぐに息が切れた。
玄関先に家族が出て、すべての灯籠が通り過ぎるのを見つつ、頭を下げておられるのが印象的で、僕のように
急に参加したものであっても、見る人はそこに神事としての敬意を視線として送ってくれているようだった。
町内をぐるりと回り終わるともうすでに午後11時を回っていた。
御輿が神社に還御し、それに続いて灯籠が集結し、それらが拝殿を取り囲むように配置されるとともに、
神歌楽、天犬舞の奉奏が行われ、その終わりによって、ひとつの儀式が終わり、それぞれの夜が始まる。


心地よい疲れのなかで、桜屋さんにて温泉のお湯をいただく。
冷えきった身体に本来あるべき熱が戻り、充電されたような心持ちになる。
ロビーに戻ると、アジアカップで日本がサウジアラビアに負けたことを伝えていた。
一気に現実に引き戻された感覚がしつつ、一時的にであれ、現実から遠く離れたところに行っていたことを
実感した。
たかだか8時半から11時半までの3時間のこと、ではあったのだけれど。
その小旅行の代償として翌日の足のハリとのどの嗄れを支払うことになったのは、また別の話。