「これから」を考える上での示唆として

30歳を目の前にすると、誰もが今までの自分を振り返り、これからの自分に思いを馳せる。
とはいうものの、どう生きていこう、ということばかり考えていては、なかなか前には進めない。
それが定まった時点で40歳になっていたのでは話にもならない。
そこを保留にする、あるいは曖昧にしておきつつも、仮定としてこうしよう、というのを決め、
具体的にその決めた何かに取り組んでいかなくてはならない。


「走ることについて語るときに僕の語ること』(村上春樹著 文藝春秋刊)には
走ることと小説家として生きることの関係性が書き綴られている。


僕はどうしても走ることそのものではなくって、その走ることを語るために語らなければならなかった
村上春樹自身のことに興味がある。

少なくとも僕が自分の身体を実際に動かすことによって、オプショナルとしての
苦しみを通して、きわめて個人的に学んだものである。


と前書きの最後に書いているとおり、
直接的にではなく、走ることを通してでしか書けない自伝的な意味合いの強い物語になっている。
いかに小説家として生きてきたか、は村上春樹ほどの作家になると、
いかに小説家として成功したか、という読み方を完全には避けられないことを自覚しつつ、
いまこのタイミングで小説という箱に入りきらずに背負い続けてきた荷物を、
まずきれいに敷物の上に並べ、もうひとつの箱のなかに整理して入れていく
という作業がまさにこの本のなかでなされていく。

自分について語りすぎるのもいやだし、かといって語るべきことを正直に語らないと、
わざわざこういう本を書いた意味がなくなってしまう。
(中略)僕としては「走る」という行為を媒介にして、自分がこの四半世紀ばかりを小説家として、
また一人の「どこにでもいる人間」として、どのように生きてきたか自分なりに整理してみたかった。
小説家がどこまで小説そのものに固執し、どのくらいの肉声を公にするべきかという基準は、
個人によって違ってくるだろうし、一概には決めつけられない。
僕としては、できることならこの本を書くことを通じて、僕自身にとってのその基準のようなものを
見いだすことができれば、という希望があった
「走ることについて語るときに僕の語ること』(236ページ〜237ページ)

というような葛藤と決意を「後書き 世界の路上で」で書いていることからもわかるように。

(中略)本当に若い時期を別にすれば、人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。
時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。
ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりとこしらえておかないと、
人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。
「走ることについて語るときに僕の語ること』(58ページ)


その後には具体的に、まわりの人々との具体的な交流よりも小説の執筆に専念できる生活の確立による
不特定多数の読者とのとの交流を優先したかった、と語っている。
はたして僕の30年あまりの人生に明確な焦点やめりはりなんてものはあったのだろうか。
大学卒業後、新潟に戻り、美容師免許を取り、すぐさま美容師という道を自ら閉ざし、
経営者という名の専門領域に入り込もうとはしたものの、ただの美容室オーナーとして
振る舞っていたにすぎない。
少なくとも経営者とは専門家でなければならず、オーナー(所有者)とは一線を画し、美容という領域以外にも
通用するマネジメント能力を持つ必要がある。
自分の会社という法人格が自分という経営者を雇いいれる価値を本当に見いだせるのか、という問いを
常に突きつけ続けなければならない。
所有と経営が分離されているような株式会社であれば、おそらく僕という株主は僕という経営者を
解雇するだろう、ということを、現在その両方のポジションにいる唯一の僕はどう受け止め、
どう行動しなければならないのか。


シンクロニシティと思えるほどにぴったりと重なり合う思索の軌跡を
梅田望夫が『ウェブ時代をゆく』のなかでも見つけてしまう。

時間の使い方の優先順位」を変えるにはまず「やめることを先に決める」ことである。
それも自分にとってかなり重要な何かを「やめること」が大切だ。
お正月の「今年の抱負」が大抵は実現できないのは「やめること」を決めずに、
ただでも忙しい日常に「やること」を足そうとするからである。時間は有限なのだ。
精神論だけで新しいことはできない。
ウェブ時代をゆく』(143ページ〜144ページ)


では梅田望夫さんは、何をやめたので『ウェブ進化論』『ウェブ時代をゆく』が書けたのか、と言えば、
日本の若い人と会う時間を捻出するために「自分より年上の人に会わない」と決めたのだとという。
となると、僕は何を捨てることによって、何を得ようとしているのだろう。
何も捨てずして、何かを望んでやしないか。
そういうふうに、とある目的を立てたときにとる行動があまりにも合理的でないにもかかわらず、
そのことに気づかないヤツに強い怒りを感じると、エンジン01の茂木健一郎さんとの対談の際に、
波頭亮さんが言っていたのを思い出す。
そして、聞いていたときは、それは僕じゃない、そういうヤツいるいる、と思っていたが、
まさかそういうヤツとは、僕のことじゃないのか、という思いにも至ったりした。


美容師にならなかった理由としては、美容が好きなやつにはかないっこないな、という気持ちが根底にあるわけだけれど、
もちろん超一流までいかなくても仕事として成り立つことを「好き」という強力なエンジンで駆け抜けていき、
仕事と遊びの交わりを最大化することができることの優位性とはかなりのものだな、という感覚があった。

超一流の仕事をする人たちは皆、自らの志向性を早い時期に発見し、自らの志向性と波長のぴったり合った対象へ深い愛情を持ち、
対象に没頭し、長期にわたり自分の時間を惜しみなく投じ、勤勉なコミットメントを続けるという資質を共通に有している
ウェブ時代をゆく』(90ページ)


このような人は理想的なあり方ではあるのだけれど、ほんとに一握りの人にしかできないことではないはずだ、と捉えていいのだろうか。
みんながこうできないからこそ、そうなれた人が超一流になる、という現実に対して、ある種みんなに開かれた可能性として
提示されるものとして素直に受け止められるのだろうか。


僕にとって志向性のあまりない美容という領域が目の前に広がっているとしても、
それによる没頭の深さがいくら足りなくても
どうにかして人生をうずめるほどの没頭ぶりを示し、
それをサロン全体のエネルギーの核としていく必要があるのかもしれない。
とりあえずいま「好き」である、とか、志向性にフィットした領域を美容という分野の中に見つけられる可能性に
かけてみるしかないのかもしれない。
あるいは、あえて美容という偶有性の海に自ら飛び込み、どうにか息継ぎをして対岸の島を目指すべきなのだろうか。
その目指すプロセスのなかで、たとえ島に着くことができなくても、
海底に沈む宝箱の影を見つけられる日が来ることを信じて。


11月にして真冬のような冷え込みの夜に考えるにはあまりにも答えがでにくいことを考えてしまった。
雪が降り積もる前に、僕にもなんらかの決意がほしいわけだが・・・。








ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること