雪かきじいさんのはなし

おかげさまで、雪かきは落ち着いた。
また今月下旬に、つよい寒波が来るらしいが、それはそれ。
あらたな気分で、気持ちよくやろうではないの。


雪かきについてのお話を書きました。
推敲不足が目に余りますが、どうかお許しを。




「雪かきじいさんのはなし」(仮称)


この季節、午前5時に起きたければ目覚まし時計をかける必要はないらしい。
ガガッ、ガガッとまるで分針が12に辿り着いたことを知らせるかのように、
ママさんダンプで雪かきをする音が聞こえてくる。
もちろん、まだ起き上がることはないが、
今日も美しい雪かきを向かいのおじいちゃんが始めたのだな、と思い、
僕はまた眠るわけだけれど。


しばらくして僕は道路に出てみる。
ガガガッ、ガガッ、彼はまだその作業を続けている。
目の前の道は通学路が続いているため、深夜のうちに除雪車動き出し、
きれいなアスファルトが顔を出している。
一方で歩道や屋根なき車庫にあるクルマには容赦ない雪が積もっている。
僕らはとりあえずクルマが出せるようにするために、雪かきを始める。
朝食の後に歯磨きするのと同じように、とても自然に歯ブラシのかわりにシャベルを手にして。


おじいちゃんはどんなに寒い朝でも帽子をかぶることなく、
せっせとひたすらに雪かきを続ける。
すると、長靴で通学する子どもたちがほとんどの通学路に、
スニーカーでもなんの不自由もなく歩ける通学路が一角にだけ出現する。
もちろんそこを歩く子どもたちは雪かきをしてくれたおじいちゃんのことなど、
ほとんど考えることなくすたすたと通り過ぎる。


さらに彼は駐車場だけでなく、歩道までも雪かきの領域を広げてくれるため、
近所の人たちにとても感謝されていたし、僕は母とともになんてかっこいいのだろう、
とまで思っていたのだ。
そして、その気持ちを伝えるために、何かできることはないだろうか、
と考えていて、ついにそれを実行する日がやってきた。


雪はすっかり落ち着いていたけれど、彼のこだわりから言うと
まだまだ雪かきを必要としているようだった。
「いつも雪かきおつかれさまです。日々寒いでしょうから、この毛糸の帽子、どうぞお使い下さい」

と母が言いながら差し出した。
彼は日射しを受け続けてきたことを思わせる深い皺のある顔の表情を
それほど変えることなく受け取った。
それは彼でも被れるようにと、黒とグレーの落ち着いた色調の毛糸で編まれており、
すっぽりと額まで隠れる深い帽子だった。
彼はどうやら耳が聞こえづらいらしく、受け取ったことに対して
何か言うということはなかったようだ。
でも、深い皺のある表情は明らかに笑顔までいかないまでも、
ほほえみに近いものに変わっていた。


翌日、まるで同じ映画の同じ場面を観ているかのように、午前5時ちょうどにそれは始まった。
しかしながら、彼は毛糸の帽子を被ってはいなかったようだ。
気に入らなかったのではないか、と母は心配していたが、
僕はたまたまに違いない、となんとなく思い、母にそれを告げた。
そんなふうに、自分にどんな利益をもたらすか、よりもまわりの人たちの不利益を
どれだけすくなくするか、ということを考えているだろうおじいちゃんの雪かきは
誰かが担うべき役割ではあるけれど、それに挙手できる人はやはり限られている、
と自分の行動を振り返るのが精一杯だった。


その後、雪は一段落し、ほのかな日射しやぱらぱらと降る雨によって
だんだん少なくなっていった。
なので、そのさらに翌日におじいちゃんが帽子を被ってくれていたかは定かではない。
もはや、来年こそ、などと思うことはなく、
おじいちゃんが存在することへの感謝だけが溶けかかった雪の中から顔を覗かせるのだった。


【付記】


村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」より「雪かき仕事」の一説を引用する。


「君は何か書く仕事をしているそうだな」と牧村拓【冒険作家】は言った。

「書くというほどのことじゃないですね」と僕は言った。
「穴を埋める為の文章を提供しているだけのことです。何でもいいんです。
字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。
で、僕が書いているんです。
雪かきと同じです。文化的雪かき」

「雪かき」と牧村拓は言った。
そしてわきに置いたゴルフ・クラブにちらりと目をやった。

「面白い表現だ」
「それはどうも」と僕は言った。

「文章を書くのって好きか?」

「今やってることの関しては、好きとも嫌いともいえないですね。
そういうレベルの仕事じゃないから。
でも有効な雪かきの方法というのは確かにありますね。
コツとか、ノウハウとか、姿勢とか、力のいれ方とか、そういうのは。
そういうのを考えるのは嫌いじゃないです」

「明快な答えだな」と彼は感心したように言った。

「レベルが低いと物事は単純なんです」

「ふうん」と彼は言った。
そして十五秒ほど黙っていた。
「その雪かきという表現は君が考えたのか?」

「そうですね。そうだと思う」と僕は言った。

「俺がどこかで使っていいかな?その『雪かき』っていうやつ。面白い表現だ。文化的雪かき」

「いいですよ、どうぞ。別に特許をとって使ってるわけじゃないですから」

「君の言わんとすることは俺にもわかるよ」と牧村拓は耳たぶをいじりながら言った。
「ときどき俺もそう感じる。こんな文章を書いて何の意味があるのかと。
たまに。昔はこうじゃなかった。世界はもっと小さかった。手応えのようなものがあった。
自分が今何をやっているかがちゃんと分かった。
メディアそのものが小さかった。小さな村みたいだった。みんながみんなの顔を知ってた」
 
そしてグラスのビールを飲み干し、瓶を取って両方のグラスに注いだ。
僕は断ったが、無視された。

「でも今はそうじゃない。何が正義かなんて誰にもわからん。みんなわかってない。
だから目の前のことをこなしているだけだ。雪かきだ。君の言うとおりだ」